シベリア 出兵 わかり やすく
- mark823gustner24
- Sep 17, 2022
- 4 min read
【日ソ基本条約とは】わかりやすく解説!!条約の背景やその後の日ソ関係について シベリア出兵とは シベリア出兵は、1917年に起きたロシア革命に干渉するため、1918年から数年にわたり、日本・アメリカ・イギリス・フランスなどの各国がシベリア地域に軍を派遣し、駐留した事件です。 ロシアの社会主義革命が成功した直後から、西欧の帝国主義列強は革命の拡大を危惧し、それを圧殺するために着々と準備を整えていました。 日・米・英・仏は足並みをそろえ、1918年7月に共同出兵を提唱し、日本軍は1万2千人の連合軍を極東シベリアに送る内容の協定を結びます。 当初アメリカは、対ソ干渉そのものには積極的でしたが、シベリアにおける干渉は日本を主力とせざるを得ず、その成果を日本に独占されることを恐れてシベリア出兵に反対していました。 しかし日本は、アメリカ国内でチェコ軍救援の世論が高まった8月2日、協定で定められた全兵力をウラジオストクに送り込みます。 さらには協定を無視してザバイカル方面に二個師団を派兵、その後も増兵して、11月にはのべ7万3千人の規模になりました。 その後各国が撤退しても日本は駐留を続けます。 1921年にワシントン会議の席上で撤兵を宣言し、同年10月にシベリアから撤退しました。 しかし北サハリンに派遣した軍が撤退するのは1925年5月で、その期間はおよそ7年間にわたっています。 シベリア出兵が起こった背景 ロシア革命が起こった当時、イギリスとフランスは、対ドイツとの第一次世界大戦の戦闘が続いていました。 その状況を好転させるため、ロシア革命に干渉することを計画します。 シベリアにおいて干渉戦争をはじめることでドイツに東部戦線を意識させ、同時にロシア革命政府を打倒する目的でした。 しかし兵力に余裕がなく地理的にも離れていることから、シベリア鉄道の共同占領の必要や、ウラジオストクにある60万トンの軍需品がドイツに渡らないようにするために、日本とアメリカに対して兵力派遣を要請します。 当時の寺内正毅内閣は、ロシア革命の圧殺、東部シベリアへの日本の勢力の拡大、中国本土への圧力を強める機会であるという認識でいました。 陸軍参謀本部でも「居留民の保護」を名目に出兵論が高まります。 日本の大陸進出の機会となることを恐れていたアメリカでしたが、ロシア軍によるチェコ軍の殲滅が伝えられると、アメリカ大統領ウィルソンが日米共同での出兵を決定します。 そして日米で7千兵ずつの陸軍がウラジオストクに上陸し、シベリア出兵が始まりました。 シベリア出兵の真の目的とは? 日本政府は、当初この出兵の目的を、チェコ軍の救出とロシアの領土の保全とし、内政には干渉しないとしていました。 しかし陸軍参謀本部は、統帥権の独立を理由として独断で増派し、1918年11月までに7万3千人を派遣します。 これは当時の日本軍の約半数におよぶ規模でした。 シベリア 出兵 わかり やすく 中国の承認は得ていたものの、アメリカ政府との約束は反故にした形となりました。 陸軍参謀本部は、軍事的な勝利がありさえすれば、日本国内ではすべてが不問になると確信して行動したのです。 日本軍は現地の反革命勢力を支援し、革命政府と戦いを続け、ついには親日政府の樹立を工作します。 これにはシベリアでの鉱山資源や鉄道を日本のものとし、シベリアの大部分の支配権を確立する意図がありました。 戦線の状況により出兵の大義名分は二転三転しましたが、陸軍参謀本部には、当初から「シベリア分割」に有利な立場を築き、満州におけるロシアの影響を排し、権益を独占したいという真の目的があったのです。 シベリア出兵の全貌をわかりやすく解説 本書ではシベリア出兵を1918年から1925年までの7年間と定義し、その全期間を俯瞰的に解説しています。 日本国内の政治状況においては、陸軍の動きを支持する明治の元老たちと、大正デモクラシーをリードしていた政治家の綱引きがありました。 本書では、日本の内政は当然のこと、革命直後のロシアの状況や連合国側、特にアメリカの事情などについても詳しく解説しています。 本書を読み進めると、歴史の教科書では軽くふれられた程度のシベリア出兵でしたが、大正時代にあったこの限定的な戦争が、次の昭和の大戦争への入り口であったことがわかります。 この時代にはまだ政治が軍部を抑える力があったのです。 日露戦争の勝利の自信が、シベリア出兵で軍部だけで独走できるという経験をさせたことにより、第二次世界大戦への拡大につながった流れが明確に整理できるので、一読に値する本だといえるでしょう。 著者 麻田 雅文 出版日 2016-09-16 戦線の拡大が国際的な非難につながることや、国内での政争の激化を懸念した人がいたとしても、戦争がはじ
Comments